今では、全盛期と比べるとすっかり存在感が薄くなってしまったMMORPGというジャンル。
2000年代前半から2010年頃にかけては、国産・海外産を問わず数多くのMMORPGが登場し、オンラインゲームといえばMMORPGというくらい勢いのある時代もあった。
私自身もいくつかのMMORPGをプレイしてきたが、その中でも特に思い出深いゲームがある。
『ウルティマ オンライン(Ultima Online)』。
通称「UO」だ。
今回は、私が初めてMMORPGというものに触れた頃の思い出を書いてみたい。
高校生だった私が、なぜかUOを始めた
正確な時期はもう覚えていないのだが、私がUOを始めたのは2002年前後だったと思う。
少なくとも、拡張パッケージ『第3の夜明け』のクライアントで遊んでいた記憶がある。
『第3の夜明け』は2001年に発売されたUOの拡張パッケージで、3Dクライアントなどが導入された時期だった。
今ではオンラインで知らない人と一緒にゲームをすることなど当たり前だ。
しかし2002年前後といえば、ゲームはまだまだ一人、あるいは同じ部屋にいる友人と遊ぶものという感覚が強かった時代。
家庭用ゲーム機でもオンライン対応は少しずつ始まっていたものの、現在のように「ゲーム機を買ったらインターネットにつないで遊ぶ」のが当たり前という状況にはほど遠かった。
ちなみにPlayStation 2用の「PlayStation BB Unit」が一般の店頭で販売されるようになったのは2003年6月のことだった。
それ以前にもオンライン対応ゲーム自体は存在していたが、少なくとも今のように家庭用ゲーム機でオンラインプレイをすることが当たり前の時代ではなかった。
そんな時代に、
世界中のプレイヤーが同じゲーム世界に入り、それぞれ勝手に生活している。
というMMORPGの仕組みは、高校生だった私にはかなり衝撃的なものだった。
それにしても、なぜ当時の私がPCゲーム、それも洋ゲーであるUOに手を出したのか。
肝心のきっかけがまったく思い出せない。
雑誌で見たのか、インターネットで知ったのか、誰かに教えてもらったのか。
そこだけ記憶がすっぽり抜け落ちている。
ともかく、高校生だった私は人生初のMMORPGとしてUOの世界に足を踏み入れることになった。
すでに多くの日本人が暮らしていたブリタニア
UOは1997年にサービスを開始したMMORPGで、日本向けの正式サービスは1998年に始まっている。
つまり、私が始めた頃には日本でのサービス開始からすでに数年が経っていた。
当然ながら多くの日本人プレイヤーが存在し、日本向けのサーバーも複数用意されていた。
UOではサーバーのことを「シャード」と呼ぶ。
私が選んだのは、その中のWakoku(倭国)だった。
Wakokuは1998年10月に開設された日本シャードの一つである。
なぜWakokuを選んだのかは覚えていない。
20年以上前の話なので、このあたりの記憶はかなり曖昧である。
ただ、Wakokuで過ごした時間については、今でも断片的ながら色々な光景を覚えている。
MMORPGの「暗黙のルール」
MMORPGでは、一つの世界に多くのプレイヤーが同時に接続している。
当然、自分以外のキャラクターはコンピューターではなく、その向こう側に実際の人間がいる。
今なら当たり前の話なのだが、初めてオンラインゲームを遊ぶ高校生に、そんな感覚が最初から身についているはずもない。
そして、多くの人間が同じ世界で遊んでいる以上、そこにはゲームのシステムとして明文化されていない暗黙のルールやマナーも存在していた。
例えば、他のプレイヤーが戦っているモンスターを横から攻撃する、いわゆる
「横殴り」「キルスティール」
と呼ばれる行為。
あるいは、多数のモンスターに追われながら他のプレイヤーがいる場所へ逃げ込み、結果として敵を押し付ける形になってしまう
「トレイン」
と呼ばれる行為。
こうした行動は、当時のオンラインゲームでは嫌われる行為として扱われていた。
もちろん、そんな知識をまったく持っていなかった私は普通にやらかした。
「加勢するぞ!」のつもりで横殴り
例えば、他のプレイヤーがモンスターと戦っている。
オフラインのRPGしか知らない自分からすれば、
「おっ、戦ってる。加勢するぞ!」
くらいの感覚である。
意気揚々と駆け寄り、一緒になってモンスターを殴る。
もちろん、相手からすれば頼んでもいないのに突然知らない奴が戦闘へ乱入してきたわけである。
他にも、まだ弱い初期キャラクターでモンスターの群れに突っ込み、
「うわ、無理だ!」
と慌てて逃げ回った結果、他のプレイヤーがいるところへ大量のモンスターを引き連れていったこともあったと思う。
知らなかったとはいえ、今思えばなかなかの厨房プレイである。
それでも親切だった当時のプレイヤーたち
そんなクソガキだった私だが、不思議と怒鳴られたり、追い払われたりした記憶はあまりない。
むしろ印象に残っているのは、親切に接してくれたプレイヤーたちのことだ。
「こういうことは、あまりしないほうがいいですよ」
というようにオンラインゲーム特有のマナーを教えてもらったり、
序盤は何をすればいいのか、どんなスキルを上げればいいのかといったアドバイスをもらったり。
こちらが初心者だと分かると、色々と教えてくれる人が多かった。
私自身、初めてのオンラインゲームだったこともあり、
知らない人とゲームの中で会話できること自体が面白かった。
今でこそオンラインゲームで知らない人に話しかけることには多少身構えてしまうが、当時は高校生。
良くも悪くも物怖じしない。
分からないことがあれば、その辺にいるプレイヤーへ普通に話しかけて聞いていた。
今の自分には、なかなかできないことである。
今思えば、かなり年上の人たちと遊んでいた
当時UOをプレイしていた人たちは、比較的年齢層が高かったように思う。
しばらくして私もギルドに入れてもらうことになるのだが、そこに所属していたメンバーも社会人や大学生、主婦が中心だった。
高校生だった自分からすれば、完全に大人の人たちである。
そんな中にクソガキが一人混ざっていたわけだ。
それでも普通に話しかけてもらい、一緒に狩りへ行ったり、色々なことを教えてもらったりした。
当時はそれを特別なことだとは思っていなかった。
しかし自分がすっかりおじさんになった今、
「オンラインゲームで出会った高校生の面倒を見るか?」
と聞かれると、正直なところちょっと自信がない。
そう考えると、当時の私はかなりいいプレイヤーたちとの出会いに恵まれていたのだと思う。
20年以上経った今でもそういう記憶が残っているのだから、ありがたい話だ。
レベルも職業もない、UOの自由なスキル制
UOを語るうえで外せない特徴の一つが、自由度の高いスキル制だった。
一般的なRPGのように、
「戦士レベル30」
「魔法使いレベル50」
といった形でキャラクターを育てるゲームではない。
剣術、魔法、調教、鍛冶、料理など、さまざまなスキルの中から自分が必要だと思うものを伸ばしてキャラクターを作っていく。
しかも基本的には、対応する行動をすることでスキルが上昇する。
剣を持って戦えば剣術が上がる。
魔法を使えば魔法系のスキルが上がる。
料理をすれば料理の腕が上がる。
この、
「やったことがそのままキャラクターの成長につながる」
という仕組みが、当時の私には非常に面白かった。
一つのスキルは基本的に100が最高値で、100に到達すると「Grandmaster」、通称GMと呼ばれる。
ただし、好きなスキルを全部100にできるわけではない。
私が始めた頃の新規アカウントでは、スキルの合計値は基本的に700まで。
つまり100のスキルを7つ持てば、それだけで上限に到達する。
2002年にはアカウント年齢によってこの総上限が705、710……と上がり、最終的に720まで増える仕組みも導入されたが、始めたばかりの私にそんな恩恵はもちろんない。
当然、そんな仕組みを最初から理解していたわけでもなかった。
俺はドラゴンを連れた魔法剣士になる
そんな初心者だった私が最初に考えた最強キャラクター像が、
「ドラゴンを従えた魔法剣士」
だった。
剣で戦えて。
魔法も使えて。
さらにテイムしたドラゴンまで連れている。
完璧である。
どう考えても強い。
RPGの主人公としても申し分ない。
当時の私は真剣にそう思い、剣術を上げ、魔法を覚え、さらに動物をテイムするためのスキルまで育てていた。
しかし、しばらく遊んでいるうちに知ってしまう。
スキルの合計には上限がある。
何でもかんでも上げ続ければ、いつかすべてを極められるゲームではなかったのである。
ドラゴンを自在に扱えるほど調教を極めながら、本格的な魔法使いとして戦い、さらに剣士としても一流。
そんな都合のいい万能キャラクターを作る余裕などない。
私の考えた「最強のドラゴン魔法剣士計画」は、あっけなく崩壊した。
では、何を諦めるのか。
剣か。
魔法か。
それともドラゴンか。
悩んだ末に、私が選んだのは――
テイマーの道だった。
UOの思い出は、まだまだ続く
こうして何も知らない高校生だった私は、少しずつUOという世界に馴染んでいった。
オンラインゲームならではのルールを知り。
見知らぬプレイヤーと会話し。
キャラクターをどう育てるか考える。
今ではオンラインゲームで当たり前になったことばかりだが、当時の自分にとっては、その一つ一つが新鮮だった。
そして「ドラゴンを連れた魔法剣士」という無謀な夢が破れたあと、私は本格的にテイマーを目指すことになる。
UOについては、まだまだ書きたいことがある。
テイマーになるための修行。
ギルドの人たちとの思い出。
自分の家を持ったこと。
そして、今でも覚えている思い出の数々。
全部を一度に書こうとすると、とても終わりそうにない。
ということで、そのあたりの話はまた次回以降の記事としたい。
……と、ここで終わろうと思ったのだが、この記事を書いているうちに妙に懐かしくなってしまった。
20年以上ぶりにブリタニアへ戻ってみた
懐かしい気持ちのままUOについて調べてみると、驚いたことに現在もサービスは続いていた。
しかも2018年からは「Endless Journey」という仕組みが導入され、機能に制限はあるものの基本無料でプレイできるようになっている。
ならば少しだけ覗いてみよう。
そう思い、久しぶりにUOをインストールしてみた。
当時使っていたアカウントはもう手元にないため、新しいアカウントを作成。
そして20年以上ぶりにブリタニアへ降り立った。
新規キャラクターが降り立った場所はNew Haven。

画面を見た瞬間、
「……こんな町だったっけ?」
というのが正直な感想だった。
記憶にあるHavenとは、かなり雰囲気が違う。
それもそのはずで、後から調べてみると、私が遊んでいた頃のHavenは2007年のアップデートで大きく姿を変え、現在のNew Havenが新たな初心者向けの町として作られたらしい。
つまり、
私が覚えているHavenと、今立っているHavenは、本当に違う町だった。
20年以上前の記憶が完全に間違っていたわけではなかったようで、少し安心した。
当時のHavenといえば、銀行前に多くのプレイヤーが集まっていた記憶がある。
用事があるわけでもなく銀行前に立っている人。
誰かと話している人。
装備を整えている人。
これから狩りに行くのだろうと思われる人。
色々なプレイヤーが行き交っていて、いかにもMMORPGの町という雰囲気だった。
今回New Havenの銀行前に行ってみると、見かけたプレイヤーは数人ほど。
もちろん接続した時間帯やシャードによっても違うのだろうが、昔の記憶との違いに少し寂しさを感じた。
せっかくなので、次は首都Britainへ行ってみよう。
そう思い、昔の記憶を頼りに町の中を歩き回ってムーンゲートを探してみる。
しかし――。
見つからない。
「確かこの辺じゃなかったっけ?」
とうろうろするものの、それらしいものがない。
実際、New Havenのムーンゲートは昔のHavenとは場所も変わっているようだ。
20年以上ぶりのブリタニア。
自分の記憶にあるHavenは既になく、世界そのものも変わっていた。
それでも画面を眺めていると、当時のことが色々と思い出されてきた。
20年以上経っても、ブリタニアにはまだ自分の思い出が残っているらしい。



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